2011/08/07

クラスノヤルスク

やっとクラスノヤルスクに到着。M53では大きい街で、人口91万人都市です。道路区画が縦横にきれいに走っている、歴史的な新しさと計画性を感じるところです。チタやウラン・ウデよりも人口は多いのですが、駅周辺以外は小奇麗ですっきりした雰囲気をかもします。今日は500Kmほど走り距離を稼ぎました。

 ATM、郵便局、ネットカフェと都市部に用事があったので今日はここで一休み。ホテルのロビーでwifiが使えそうでしたが、試してみたら以前購入したカードでは使用できず。ホテルの兄さんがwifiフリーのカフェを案内してくれました。腹も減っていたし渡りに舟とばかり飛び込みます。ネットが使えるっていいね!

2011/08/06

カンスク東南360Km

■ダート出現
不運の一日が明けて、今日は今日とて走ります。出発してから120KmほどでTulinに到着。ここの街を抜けようとしたら、いきなりダートが現れました。7Kmほどで終わったので一時的な工事かと思ったら、その後30Kmほど続きました。そういえばメリケンライダーが「カンスクまで悪い道が続くよ」といっていましたが、これのことだったのでしょう。距離が伸びず、16時ころに見つけたモーテルに宿泊します。そろそろ洗濯物がたまってきたこと、今朝起きたらちょっと熱がある感じでしたので無理せず今日は読書タイムです。

 ここのモーテルにてロシア人旅行者に会いました。マツダのワンボックスでウラジオストクから欧州を旅行しているそうで、今は帰り道とのこと。毎年大陸間旅行をしているらしく、窓に地図が書いてあります。ふむ、かっこいいねぇ。




■ボルシチについてのたまう
今日は昨日の夜から三食ボルシチを食べています。とりあえずどこにもあるし、確実に野菜が入っており、なによりもうまいのです。また8月だというのにロシアは寒いので身体を温めるのにも一役買います。混雑していて店員にメニューをあれこれ相談する余裕がない場合もありますし、相談などもってのほかといわんばかりの愛想のない店員だったとしてもひとまずは丸く収まります。

 ボルシチの写真を見ると、白いものが必ず添えられています。その正体はスメタナと呼ばれるサワークリームであると聞いていましたが、必ずしもそうではないらしい。とろとろのヨーグルトみたいなところもあり、ほのかにマヨネーズの味がするものの正体不明だったり、マヨネーズ以外の何者でもなかったりと、特に決まったルールはなさそうです。

 味も画一とは無縁のようです。今日の昼に食べたボルシチは酢が入っていたのでしょうか、酸味が利いています。はじめは面食らいましたが、食欲増進効果があって自然とパンに手が伸びます。大方のボルシチに酸味はないので、すっぱいのが苦手な方でも大丈夫です。こうしてみると、ボルシチは家庭の味、といったところなのでしょうか。他の客のテーブルを覗いてみるとボルシチの姿を見かけることは意外と少ないです。

 ボルシチが食べたくなった人は神保町に「ろしあ亭」というロシアンスキーな店があるのでランチにでも立ち寄ってはいかがでしょうか。

2011/08/05

アクシデント!

■トレーラーに踏まれる
イルクーツクから出発し、ノヴォシビルスクに向かう。分岐点を間違えてまたまた道に迷う。来た道を戻るすがら不幸は舞い降りた。道に2cmほど泥が撒き散らされていたのだ。道はある程度混雑していて、前後の車の流れに乗って走っていたがそれでも60Kmくらいだったろう。減速も間に合わず、泥にフロントタイヤをとられて転倒してしまった。そして後続にはトレーラーが控えていた。転倒の直後、僕は車道から離れた場所に着地したが、バイクは車道に残されたまま。やはり泥のために急制動ができないのであろう、トレーラーはSTくんのリア側を前輪で踏みつけて、止まった。

 僕は何か叫んだのかもしれないが、その瞬間のことは断片的にしか覚えていない。傾いたトレーラーの姿と泥のにおい、空には太陽がなかった。旅はここまでなのだろうか。バイクを起こして車道から脇に寄せる。トレーラーのドライバーは起こすのを手伝った跡、すぐに走り去っていった。

 調べてみると右側のアルミボックスはステーと接する場所が窪んでいた。ステーはゆがみ、溶接した部分が折れていた。リアタイヤを支えるフレームも変形している。エンジンは問題なく始動し、マフラーも無事らしい。乗り出してみるとバランスが変だ。まっすぐ走っているはずなのに、ハンドルがわずかながら右に傾いている。フロントにもダメージがあるのだろうか。それでも走るのに支障はなさそうだった。

 不幸中の幸い、などとつぶやかないとやっていられない状況だった。後続車が玉突き事故を起こしていたらどうなっていたかわからない。トレーラーが僕を吹き飛ばすような事態も考えられた。もし、道に迷っていなければ。そもそも今日8時に出発しないでゆっくりしていればよかったのだ。仮にナビを装備していれば。仮定の接続詞をありったけ考えていたが、それもせんなきこと。旅はまだ続けられる――その事実だけを胸に走り出すのだった。

■スペイン人ライダーに助けられる
 事故から10分後、旅ライダーに会いました。かれはスペインはカタルーニャ地方から来たそうな。「今日の朝、イルクーツクにいたよね!?」そんなことより聞いてくれよ、さっき事故ったんだぜ! 雨の日のように落ち込んでいたので、事故について話してみます。彼には迷惑だったかもしれないが、聞いてくれてとても心が晴れた。ものすごく勝手ながら、ついでに迷ったことを告げます。

「あは、実は僕も迷っているんだよ。でもノヴォシビルスクへの分岐点ならわかるよ。あ、君が持っている地図、僕も持っているけどひどい代物だよね。」紙の地図頼りの者同士、ちょっと会話に花を咲かせるのでした。
彼には精神的にすごく助けられました。ひどく落ち込んだときは誰かに話を聞いてもらえるだけでとっても楽になります。


■夜通し走ることを決意
 分岐点まで案内してくれたおかげで無事にノヴォシビルスクへの道M53に乗れました。ここまでくれば大丈夫です。彼と話してだいぶ落ち着きましたが、それでもやっぱり気分はよくないものです。半ばやけになって走り続けます。小雨が降りしきり、18時になっても宿が見つからず、カフェの食事ものどを通りません。

 雨が降る中のキャンプはなるべく避けたいです。それに、バイカル湖で出会ったロシア人ライダーが、イルクーツクとカンスク間は治安がよくないのでキャンプは危ないといっていたのを思い出します。今日は夜通し走るか…。覚悟を決めて走り出します。今日はたぶん最低な日になるだろうと思いながら2時間ほど走ると、道路沿いに数件のホテルがありました。転がり込んだのはいうまでもありません。

2011/08/04

イルクーツク

■日本人と旅ライダー
バイカル湖を見下ろす場所でみやげ物店を冷やかしていると、一眼レフを持ってバイクを覗き込んでいる人がいました。ロシア人らしからぬいでたちに、近寄ってみたらなんと日本人女性でした。ワゴン車で一人旅をしているそうです。久しぶりに日本人に会ってほっとしました。同じ場所でBMWに乗ったロシア人ライダーにも遭遇。おおー、英語が通じるぞ。なんでもモスクワとウラジオストック間を往復するそうです。はは、なんてクールなやつだ。

 イルクーツク目指して走る間に路上で休憩していると、今度はハーレーに乗ったアメリカ人が声をかけてきました。荷物が走っている、というほど目いっぱいに荷物をくくりつけています。他の人の荷物の積み方は見ていて面白いです。使い捨て対戦車ミサイルのようなものが両脇についていてかっこいい。彼はロシア横断は3回目だそうです。はは、クレイジーなやつめ!


■宿探しに3時間
 イルクーツクには12時に着きました。メリケンライダーに教えてもらった宿を探しますが、まったく見つかりません。この街は一方通行が多く、もと来た道に戻るのも容易ではありません。宿の住所を教えてもらっていましたが、ナビも詳細な地図*もないので苦労します。やっとこさ見つけたのが16時。
 ロシアのポストカードがほしかったので散策がてら書店まで。ほほー、村上春樹コーナーがあるではありませんか。そのほかキリスト教関係コーナー、世界地図コーナーがあり、日本ではニッチなところがとても充実しています。行きも帰りも迷いに迷って2時間ほど歩くことになりました。はぁ、今日はたいしたことをしていないのにとても疲れた。

*市街地はロンプラの地図しかもっていません。詳細な地図がほしいです。

2011/08/03

バイカル湖

世界一深い湖にして世界遺産の指定を受けるバイカル湖に到着。地図で見ると四国はもとより九州くらい平気で飲み込みそうなほど大きい、バナナみたいな形をした途方もない代物です。南岸に到着してから2時間ほど走ってもまだ南岸を走っている、そんなスケールです。

 適当に選んだ宿はバンガロー風の2階建てで、バストイレがついた快適な室内です。おまけにここの料理は、日本で食べてきたものを含めて、これまでにないおいしさ。注文してから1時間ほどで出てきた品々*はもう筆舌にしがたいほどです。料理人は23歳のアルトゥール。ロシアはものすごい底力を秘めています。
 PCでブログの原稿を書き溜めていると、アルトゥールがやってきます。どうやら彼の名前を日本語表記で知りたいそうです。ひらがな、カタカナ、当て字の漢字で教えてあげると自分の腕を指差して何かいっています。あ、まさか彫り物**にするんじゃあるまいな。「阿流透」「亜留徹」「某通」などとそんなの***彫られた日には申し訳ないので必死に止めましたが、そこまで通じたのかそれはわかりません。


*おい、どうやったらジャガイモがこんなにもちもちした食感になるんだい? サラダはにんじんとキャベツとあと何かを千切りしてオイルベースのソースで混ぜてある。塩気がやや強いけど、口の中でりんごの香りがほのかに漂う。これも絶品だぞ。
**ロシアでは男女問わず彫り物している人が多い。
***フロントガラスに漢字のステッカーを貼り付けている車とまれに出会う。「守護天使」「天下」「無敵」などなど。日本企業の払い下げトラック(西濃運輸と佐川急便のトラックとの遭遇率が高い)がそのまま使われていたりするので、漢字は結構人気があるのだろうか。漢字のペイントをバックにした、ロシアンポップのミュージッククリップも見かける。

2011/08/02

ウラン・ウデ

■バイクのメンテナンス
その名の響きから工業が盛んだろうと勝手に決め付けていたウラン・ウデに到着。最後にSTくんのオイルを交換してから5,000Kmも走ってしまいました。修理工場はたくさんあるだろうという適当な理由からこの街に立ち寄ってみました。オイルが交換できそうな場所はと…おお、いたるところに車修理ができそうなところがあるではありませんか。
 こじんまりとした修理工場に立ち寄り、オイルがほしい旨を伝えるとバイク用のオイルはないとのこと。オイルさえ手に入れば交換してやるよ、ということで用品店を教えてもらいました。教えてもらった場所は車部品が主でしたが、Castrol 10-40W 4cycle X-tra(@340ルーブル)がありました。3本(3L)ほしかったのですが、あいにく2本しかありません。交換できるだけで良しとします。ふとショーケースの横を見ると同じくCastrolのチェーンクリーナーもあるではありませんか! シールチェーンもいけそうなのでついでに購入します。いやー、うはうはですな。

 用品店を教えてくれた工場に行って交換してもらいました。工賃を聞いたところ、1,000ルーブルだという。自分でも交換できますが、用品店を教えてくれた感謝をこめて彼らにお願いします。アジア系の顔立ちをしたメカニックのお兄さんがささっと交換してくれました。ウラン・ウデはモンゴルと列車でつながる都市せいか、白人の割合がぐっと少なくなります。交換がすんで支払いになると、100ルーブルでいいという。いくらなんでも安すぎ! ついでにチェーン掃除のためにウエスを買おうとしたら「もってけ」と気前がいい。うーむ、ロシア人には世話になりっぱなしだ。

■宿泊できた!
市街地に入る前にいくつか宿があったので、駐車場がありそうなところにあたってみました。14時で、さすがにまだ酒は入っていないだろうし、忙しくなさそうな良きころあいです。受付にはアフロのおばさんとキーマスターのクールおばさんが座っていた。こんにちはー、1人だけど部屋あいてますかー?
アフロ「あいよ、パスポートみせなさい。…おい、昨日はどこに泊まった!?」
2連泊でキャンプであること、これまでに泊まった宿のレシートとレジストの紙を見せます。アフロおばさんはあちらこちらに電話をかけています。クールおばさんは僕を泊められるように何かアイデアを出しているようでした。
 40分ほど待ったでしょうか。クールおばさんがささやきました。「ハラショー」 なんとか処理してくれました。やったー、これでシャワーが浴びられる! 明日以降の宿を心配しなくてもいいぞ。今日はすべてがうまくいくすばらしい一日です。

■食事についてのたまう
宿に併設されたカフェもいい感じです。これまでのカフェで他の客が食べているのを横目に見ていながらなかなか注文できなかった、ロシア風クレープを食べられました。塩気のきいた生地を練乳のようなソースにつけて食べます。もう最高。
 これまで食べたサラダといえばマヨネーズ風で、見た目は白です。ここのサラダは見た目が黒いオイルベースのソースです。胡椒がピリリときいていて、これもおいしい。

■ホテルの下働きをする
部屋で洗濯をしていたらドアをノックする音がします。他に客はいないようなのであまり用心せずにドアを開けると、アフロおばさんが手招きしています。何かと思えば、食事をしていました。どうやら食べろといっているようです。いただいてばかりでは悪いので、お礼代わりに日本の写真を見せてあげます。が、そんなことはしなくともよかったのです。
 食べ終わるとアフロおばさんがおもむろに立ち上がります。「さあ、こっちにきて、テレビを運んで頂戴な。」何の因果か、3台のテレビと1組のベッドを運ぶ出すはめになったのでした。
「食べたぶんは身体で払ってもらうよ」
きっとそういうことなのでしょう。

2011/08/01

ウラン・ウデ東方100Km

■シベリアは寒かった
ふてくされながら過ごした夜が明けて朝の5時、えらい寒さで目が覚めました。どれどれ外気は…9℃だと! テントのフライシートが冷たい風になびいてぱたぱたと音をたてます。前日の日中は25℃と過ごしやすく、キャンプ日和かと思っていたのですがさすがにシベリアは甘くありません。キャンプしたところは草原の丘の上、密集した草の陰にテントを張っていました。草の塊から外に出ると、そこには美しい光景が広がっていました。見渡す限りの草原、広大な空は深い青をたたえています。陽が昇る方向はオレンジと青をミックスしたような表情で幻想的です。やー、キャンプしてよかった! 秋の空と旅人の心はこうにも変わりやすいものです。

■西へ向かう
悪い印象しか残らなかったチタを後に、1,000Kmほど西に位置するイルクーツクを目指します。イルクーツクに行くまでには世界に名だたるバイカル湖が控えていらっしゃる。行き先に観光スポットがあると長い道のりも楽しくなるというものです。
 チタから西は400kmほど草原地帯が続き、次いで50Kmほど高低差がある森林地帯を走ります。路上で休憩しているとなにやら地響きがします。ふと音の先を見ると、道路脇の丘を馬の群れが走っています。すごい迫力! こんなの相手に槍一本で立ち向かったパイク兵はものすごい根性です。
田舎の宿でなんとかごまかしてレジストレーションができないものか考えましたが、いい具合に宿がみつかりません。そんなこんなで時間は17時。今日もキャンプに決定ですね。

■キャンプについて
森の間をまっすぐに伸びる幹線道路から森の中へ入っていきます。誰にも見つかることのないよう1Kmほど走って場所を確保。行けども車の轍があるのでどことなく心配ですが、これ以上進んでも迷ったり凶悪な生き物に出会ったりでそれはそれで怖い要素があるのでほどほどにします。ついでに分岐点に倒木を積み重ねてキャンプしている場所までうかつに来られないように用心します。
 万一見つかった場合のことを考え、すぐに撤収できるようにテントはまだ展開しません。暗くなり始めるまで2時間ほど様子をみます。この間は食事とコーヒーのお時間です。木の葉がすれる音がしたのでびっくりして音がした方向に目をやると…シマリスがこちらの5mほどの場所まで走ってきた音でした。せわしげに木の実をかじる様子はなんともいぢめたくなるのでぃす。
 22時ころからやっと暗くなり始めるのでテントの設営です。蚊とそのほかよくわからない虫たちから逃げるようにテントの中に転がり込みます。いやー、快適。この段階では外気20℃くらいですが、明け方の寒さ対策*にやや厚着をして眠るのでした。

*翌朝の外気は5℃でした。