■トレーラーに踏まれる
イルクーツクから出発し、ノヴォシビルスクに向かう。分岐点を間違えてまたまた道に迷う。来た道を戻るすがら不幸は舞い降りた。道に2cmほど泥が撒き散らされていたのだ。道はある程度混雑していて、前後の車の流れに乗って走っていたがそれでも60Kmくらいだったろう。減速も間に合わず、泥にフロントタイヤをとられて転倒してしまった。そして後続にはトレーラーが控えていた。転倒の直後、僕は車道から離れた場所に着地したが、バイクは車道に残されたまま。やはり泥のために急制動ができないのであろう、トレーラーはSTくんのリア側を前輪で踏みつけて、止まった。
僕は何か叫んだのかもしれないが、その瞬間のことは断片的にしか覚えていない。傾いたトレーラーの姿と泥のにおい、空には太陽がなかった。旅はここまでなのだろうか。バイクを起こして車道から脇に寄せる。トレーラーのドライバーは起こすのを手伝った跡、すぐに走り去っていった。
調べてみると右側のアルミボックスはステーと接する場所が窪んでいた。ステーはゆがみ、溶接した部分が折れていた。リアタイヤを支えるフレームも変形している。エンジンは問題なく始動し、マフラーも無事らしい。乗り出してみるとバランスが変だ。まっすぐ走っているはずなのに、ハンドルがわずかながら右に傾いている。フロントにもダメージがあるのだろうか。それでも走るのに支障はなさそうだった。
不幸中の幸い、などとつぶやかないとやっていられない状況だった。後続車が玉突き事故を起こしていたらどうなっていたかわからない。トレーラーが僕を吹き飛ばすような事態も考えられた。もし、道に迷っていなければ。そもそも今日8時に出発しないでゆっくりしていればよかったのだ。仮にナビを装備していれば。仮定の接続詞をありったけ考えていたが、それもせんなきこと。旅はまだ続けられる――その事実だけを胸に走り出すのだった。
■スペイン人ライダーに助けられる
事故から10分後、旅ライダーに会いました。かれはスペインはカタルーニャ地方から来たそうな。「今日の朝、イルクーツクにいたよね!?」そんなことより聞いてくれよ、さっき事故ったんだぜ! 雨の日のように落ち込んでいたので、事故について話してみます。彼には迷惑だったかもしれないが、聞いてくれてとても心が晴れた。ものすごく勝手ながら、ついでに迷ったことを告げます。
「あは、実は僕も迷っているんだよ。でもノヴォシビルスクへの分岐点ならわかるよ。あ、君が持っている地図、僕も持っているけどひどい代物だよね。」紙の地図頼りの者同士、ちょっと会話に花を咲かせるのでした。
彼には精神的にすごく助けられました。ひどく落ち込んだときは誰かに話を聞いてもらえるだけでとっても楽になります。
■夜通し走ることを決意
分岐点まで案内してくれたおかげで無事にノヴォシビルスクへの道M53に乗れました。ここまでくれば大丈夫です。彼と話してだいぶ落ち着きましたが、それでもやっぱり気分はよくないものです。半ばやけになって走り続けます。小雨が降りしきり、18時になっても宿が見つからず、カフェの食事ものどを通りません。
雨が降る中のキャンプはなるべく避けたいです。それに、バイカル湖で出会ったロシア人ライダーが、イルクーツクとカンスク間は治安がよくないのでキャンプは危ないといっていたのを思い出します。今日は夜通し走るか…。覚悟を決めて走り出します。今日はたぶん最低な日になるだろうと思いながら2時間ほど走ると、道路沿いに数件のホテルがありました。転がり込んだのはいうまでもありません。
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